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こんにちは☆
着ることをもっと自由に~Arbish stylingのタキザワです。

今日は 日本ファッションの未来性
(日本現代美術館でやっている展示会)に行ってきました。

 

 (ミントデザインズ 2012年)          (陰影礼賛より)

1980年代~30年間。今までの日本ファッションの歴史を眺められるこの会。
行きたかったんですよね~

私がファッションてものに興味を持ったきっかけは
自分がおしゃれしたい といった類のことではなく
服を通して表現された それまでなかった価値観に救われたから。

それが絵や音楽だったら お芝居だったら 
アパレル業界に就職することはなかったんじゃないかしら。

私の若かりし思春期は80~90年代。
ヨーロッパファッション全盛期。
青い目のグラマラスなモデルが鮮やかな色の
ゴージャスな服を着てファッションショーを華やかに盛り上げていた時代です。

私は思春期特有の自分探しに加えて ちょくちょく行っていた海外で
人種差別じゃないかという体験をします。
最初は差別する人もいるのね、くらいだったのが 
だんだん「自分が日本人だから そう思われるのかな」

自分の中に差別が生まれた瞬間 
日本人であることは変えられない 
だから日本人であることを活かすには
どうしたらいいのか ということにはまりました。

これが落とし穴。

私は海外で通用するほどの
日本文化らしい生活をしてきていませんから
かなりの努力を要する。
でも それって日本人らしくはあっても
自分らしいのとは別のような。

パリで たまたま目にした
ヨージ ヤマモトのファッションショーの映像。

衝撃的でした。
まずヨーロピアンでもジャパニーズでもない雰囲気。

着物柄や和紙なんかを使ったいわゆる日本らしさで
勝負するのはよく見たことあるけれど
「欧米とか日本とか気にしたことない、自分は自分なんで」
というスタンスがよく出ていました。

それまでの 
セクシーなモデルがキレイにメイクして
華やかな服を着るショーと違って
美しいのか???なメイクに黒一色の服。
破れている箇所もあったりして もうびっくり。

でも とにかく新しいことやっちゃえ!的な安易さもなく
凜とした哲学を感じました。
ご本人の意図はともかく 少なくとも
私はそれまでの悩みから解放されました。

私は日本人である前に 自分なのだ。
日本人らしく ではなく自分らしく。

今でこそ こういうの当たり前の考えかもしれませんが
あの時代は ここに至るまでに時間がかかったんですよ苦笑い

ヨージ以外にも 心に残る作品はありますが
その時代だからこその思想もあれば 
時代を超えて今も変わらないものも。

服とはファッションとは何か 個人にとって違うもの。
時と場合によって変わることもあり得ますしね。

社会の中のアイデンティティー
自分への希望
時代の空気
第二の皮膚
コミュニケーション手段

デザイナー達の答えは多様で 
私たちもそれでいいんだって安心します。

あなたも自分の答えを信じて
こうしたい、と思ったことを服の選択に取りいれてみませんか?
きっと生きるのが楽しくなるはずですよつば。

Arbish styling HP













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